2014年1月22日水曜日

欲望的なじゃんけんの話

ああ、ようやく書ける。
なにより自分が書きたかったこと。

「じゃんけん」

でも、絶対にまとまらない。というかまとまらなかった。
以後、基本的にこんなスタイルになるかもしれませんが、まぁ暇つぶし程度に見てやってください。

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というか、本当にこのゲームって素晴らしいよね。
このゲームしかやってない奴が何言ってんだとは思うけど、逆にこのゲームしかやってない奴がここまでドはまりしてる。
キャラクターが持つ技の範囲で相性等を踏まえ、システムといったちょうどいい枠組みが与えられ、リアルタイムで繰り広げられる台越しの”会話”。

その会話はいろんな呼び方をされている。読み合いとか、じゃんけんとか。
また格ゲーってのはすごく流動性を伴っている。場面場面での正解がないとも言える。
そして必ずと言っていいほど訪れる勝ちか負け。
それらを自分と相手の間で駆け引きをした末に取り合う。

自分がこのゲームをここまでやっているのは「じゃんけん(読み合い)」のためだと言っても過言じゃない。
もちろん中には、読み合い無視で気持ちいいことだけを追求する人、そんな人をただただ作業的に処理することに喜びを覚える人、いかに早い時間で倒せるか、いかにタイムアップ勝利で勝つか、ポゥを狙うのか・・・本当に様々だと思う。

・・・でも加えるなら---この記事のコンセプトをぶち壊すけど---このゲームにおいて上記のような〇〇して勝ちたい。ってのはある一定のレベルに達すると弱さに直結する気がする。まぁ今回は切り捨てて書き進めていくけど。

多分、この記事でじゃんけんについては書ききれない。
けどまぁつらつら書いていこう。

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さて、じゃんけんについて書く前に。

実はこのゲームを始める時、アケネームをつけることから躓いていた。
結局のところ、友人の「お前のプレイは欲望的すぎる」の一言と、愛飲してるハイライトをくっつけるという安直なものにはなったのだが。

【欲望ハイライト】

この名前のお陰で自分はずいぶんといい思いができた。
まず、インパクトがそこそこにあるために意外と売名がしやすく、当時のホームだったコミュニティにもすんなり溶けこむことができた。
こういう言い方をすればゲスいが、この時知り合えたゲーム友だちがいなければ、ここまでのめり込むこともなかっただろう。

そして、欲望だからこそ太い択を通し続けることができた。
このゲーム始めたてのころ、本田で起き攻めに大銀杏5回連続で決めた時は絶頂しかけたものだった。そういった蜜の味を覚えてしまった。

まぁつまり、この名前のお陰で自分のプレイスタイルを早々に確立できたのは大きい。

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さて、あとはこのゲームにおける自分の価値観を提示しておきたい。
そのほうがこのブログを引き合いにするときに、わかりやすいと思う。

自分の場合、読み合いに負けても、そこまで悔しくなることが少ない。いや、悔しいけど、その前に自信の判断材料にするように努めてる。
分析といえば格好は付くだろうか。とにかく覚える。
そしてまた同じ場面になった時に、「同じ択でくるのか」「対の択で来るのか」
それらを自信を持って判断し、選択できるようになる。

さらに付け加えて言えば、自分はじゃんけん無視のガー不やガード困難、理不尽なセットプレイが大歓迎な人間です。というか、「このゲームにおいて勝ち以外は無価値」とも思ってる節がある。個人的には何よりも勝ちを優先すべきだと思っている。どんな汚い手でも、醜くとも勝てばよかろうなのだ。
もちろんクソ!と思うことはあるし、果たしてそれは面白いのか?と言えば、小首を傾げるんだけど。
基本的にはぶっぱ食らう奴が悪いし、コケるほうが悪い。相性悪いキャラ使うほうが悪いし、それらを覆せないやつが悪い。それは揺るがない。じゃなきゃやってらんないしね。

そんなことより何よりこのゲームで一番温まるのは相手にじゃなく、自分。
操作ミスやコンボミスetc・・・剣が出ない時は頭がフットーしそうになる。

そんな感じでレバーを握ってる次第です。

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じゃあそんな自分が大好きなじゃんけんで(気持よく)勝つにはどうするか。
つまり、読み合いの場を作ってしまえばいい。極論、二択のどちらかを選ばなければならない場面を。
そのためには様々な布石や判断材料が必要になってくるんだけど。

例えば【学習心理学】において【回避行動】についてこう定義されている。

「回避行動とは、ある行動をすれば、嫌な出来事に合わなくて済む行動のことである」

このゲームで言えば、ザンギの起き攻めに対してスクリューを警戒したジャンプやバクステ。まことに昇竜なんてありません。
その選択をとるということはすなわち、そういった行動をすればスクリューは喰らわないからするに他ならない。
でもサボった瞬間投げられる。つまりこれはそういった行動を取らなかったといえる。

でも、そこに”経験”や”記憶”というものが混ざってくると、

「さっきジャンプをダブルラリアットでお仕置きされたしな・・・」

だとか

「バクステをコパ仕込みで狩られたしな/一点読みのEXバニで狩られたしな・・・」

とかほんの少しでも疑念が生じてくる。
こうした他の行動を罰(制限)した結果、その行動は抑止力に繋がる。

アメリカの心理学者マウラー(Orval Hobart Mowrer)は【学習二過程説】の中で、

「条件刺激→恐怖→恐怖回避への動機が生まれる→試行錯誤→正しい行動を身につける」

という回避行動に対する、一つの説を唱えている。

正しい行動ってなんだよ・・・とは思うかもしれないが、リスクリターンの上で大体の正解間違いを推し量ることはできる。

いつかリスクマネージメントで書こうとは思ったけど、ついでに。
おおよそ元ウオーリアの出す例じゃあないが、例えば4ゲージ持ちの本田や元に対して自分なら飛びまくる。つまりリスクが「EX対空被ダメージ<SC→x」だと思うから。

同じような例で、対リュウにおいて。相手のリベンジゲージが貯まりたてで、2ゲージコッキリしかなく、昇竜セビを食らってしまった場合、滅波動を打ってくれたほうが助かることが多い。
これは自分がまこと使いだからかもしれないが、【まことvsリュウ】において終盤に滅波動が残っているのと残っていないとじゃ、だいぶ心持ちが違う。
まぁ一番いいのは喰らわないことなんだけど。

さて、心理学なんてバタ臭い例までを出してなんですが、もう少し続けてみたい。
先のザンギの例をもう一度考えてみる。

スクリューで投げられたくなければ、

スクリューを避け、それに対して最大限のお仕置きをしなければならない。

「お仕置きされたってスクリューは狙うよ!!」といういかつい反論はこの先の話が立ちいかなくなるのでご容赦ください。

さて罰の話だけど、自分のじゃんけんの持論にもマッチングしているサイトさん(psycho labさん)があったのでそこから引用させていただきたくと、

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1) 即時性…反応の直後に罰を与えること。
2) 強度…罰は強いものほど抑止力が大きい。
3) 強度の漸増…徐々に罰を強めるといった方策を採ると、馴化が起きるので、即座に適度な罰を与えることが望ましい。
4) 一貫性…罰するべき反応には必ず罰を与えること。
5) 弁別的罰…罰の効果を増すためには、弁別的手がかりは除け。
6) 行動の強さと動機付け…罰が同じ強さでも、罰せられる行動、動機が強固なら、罰の抑止効果は弱くなる。
7) 代替行動の有無…罰せられるべき行動に代わる行動を準備してあげると、罰の効果が強まる。
8) 罰そのものが正の強化の手がかりになっていてはいけない

~~~

とのことである。

これらをこのゲームに置き換えて言うなら、
「その場面場面での、最大を、容赦なく、必ずいれなければならない」
かつ、「それは拮抗した、勝負を決するような場面でこそ効果は大きい」と置き換えられる。

お仕置きされても尚、レバーから手を離し手を叩きながら「ははは、すごいすごい」なんて言う人には至極無意味なものではあるが、大抵の場合はお仕置きされたら「その行動を辞めはせずとも、迷う」はずである。

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これだけ長々と話してきたが、何が言いたいかというとこれらがこのゲームの読み合いにおける布石になる。少なくとも自分はそうして流れを作っていた。
回避行動と、罰の関係性を理解する(または自分の中で整理する)ことで自分の判断に自信が持てるという訳だ。自信を持てたということは、もしその択を通せなくとも精神的ダメージは少ない。ただなんとなくで甘えた選択をして負けるほうが何より”クる”。

また自分は、ここにもう一つ深化させた読み合いのフェイズを用意してある。
あ、なんかかっこいい。

例えば、圧倒的にお仕置きされても、懲りずにぶっ込んでくる人というのはどこかヤケになっている人が多い。
それを処理できれば、相手に残るのは絶望しかない。瞬間は冷静になれるかもしれないが、0からのリスタートを切らなきゃならない。
戦い方を変えたとしても、前にも話したが、結局のところ付け焼き刃のそれには何の凄みもない。

また、例えばお仕置きされたとしても、懲りない奴は強い。
抑止力の役目を果たせず、また(8)のような「ぜってーにスクリュー通してやる・・・!!!」となる人だっているだろう。
長い目で見た時、100回転んだ内100回昇竜擦る人に、自分は勝てる気がしないし、何よりある種の恐怖を抱く。逆もしかり。
つまり、お仕置きの意味を成さない(読み合いの場を作らない)ような人ってーのは、厄介だし苦手だ。
それを処理してこそ上級者への道はひらけるんだろうけど、悪い癖で、自分はどうしてもつまらなくなってしまうことが多い。

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自分の中での、このゲームにおける【読み合い】はこんなイメージ。
みんななんとなくやってることだろうし、今更か。とは思うかもしれないけど、意識することが何よりも大事。
特に回避行動と罰という関係性は、無意識領域に据え置くんじゃなく、全面的に強く意識していた。

これは同時に「今相手はどうしたいか。」「今自分はどうすべきか。」という状況把握及び状況判断を推し量る材料でもある。

疲れたから、また次回。

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